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青森地方裁判所 昭和32年(モ)544号 判決

申立人 布施繁太郎

被申立人 国

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

申立人の本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

申立代理人は、「債権者被申立人、債務者申立人間の当裁判所昭和三二年(ヨ)第二五五号立木伐採禁止等処分申請事件について、当裁判所が、昭和三二年一二月一一日なした仮処分決定は、保証を立てることを条件としてこれを取り消す。申立費用は被申立人の負担とする」との趣旨の判決を求め、被申立代理人は、主文と同趣旨の判決を求めた。

第二申立の理由

(一)  青森県下北郡田名部町大字関根字北関根の内休場三四六番ノ二七一号山林五町三反八畝二七歩は、申立人と申立外鹿内林之助との共有に係るものであり、前記仮処分決定別紙第一、二図に表示の朱線をもつて囲まれた範囲の地域は、すなわち、右山林の一部である。

(二)  しかるに、申立人が、右地域(以下「本件係争地域」という。)に生立する立木を伐採しつつあつたところ、被申立人は、本件係争地域が田名部町大字関根字高梨川目六番の二山林六一町六反八畝九歩であつてその所有に属すると主張し、青森地方裁判所に対し、立木伐採禁止等の仮処分申請をなし、昭和三二年一二月一一日、「被申請人(申立人)は、青森県下北郡田名部町大字関根字高梨川目六番の二(林班名字南関根第一国有林一四九林班い小班)国有林六一町六反八畝九歩に立入り、同地内に生立する立木を伐採しその他申請人(被申立人)の占有を妨げる一切の行為をしてはならない。右地内に現に伐採存置しある木材に対する被申請人の占有を解き申請人の委任する当裁判所所属執行吏の保管に付する」旨の仮処分決定をえて、同月一二日その執行をなし、申立人は、同月一三日右決定の送達を受けた。

(三)  しかしながら、右仮処分は、本件係争地域内に生立する立木及び同所に存置しある伐採木に対する被申立人の所有権を保全するため、申立人に対し、右立木の伐採を禁止し、かつ、右伐採木の占有を執行吏に移したものであつて、結局、その本案訴訟においては右立木を処分換価した際における金銭的価値の帰属を争うことに帰するから、右仮処分によつて保全される権利は金銭的補償をうることによつてその終局の目的を達しうべきである。そしてこのような場合においては、民事訴訟法第七五九条にいわゆる特別の事情があるというべきである。

(四)  よつて、保証を立てることを条件として前記仮処分の取消を求める。

第三被申立人の答弁及び主張

(一)  申立人主張(一)の事実中下北郡田名部町大字関根字北関根の内休場三四六番ノ二七一号山林五町三反八畝二七歩が、申立人と申立外鹿内林之助の共有に係るものであることは認めるが、本件係争地域が右山林の一部であることは否認する。(二)の事実はすべて認める。

(二)  本件係争地域は、被申立人所有の下北郡田名部町大字関根字高梨川目六番の二山林六一町六反八畝九歩(南関根第一国有林一四九林班い小班)に該当する。申立人等の共有に係る前記山林は、右国有林とは明白に区別しうる隣地である。現に前記山林の共有者である鹿内林之助は、右の事実を認めている。しかるに申立人のみが、ことさらに右事実を争い、国有林内に立ち入つて立木を伐採したものであるが、被申立人が本件仮処分によつて保全しようとしている土地立木が被申立人に属することは、きわめて明白である。

(三)  右国有林は、国の森林行政上の必要から定められた企業用財産としていわゆる行政財産に属するものであつて、何人といえどもみだりに伐採しえないものである。すなわち、右国有林に生立する杉立木は、現在樹令四〇年であり、森林法第五条第一頂の規定に基いて作成された基本計画の青森D地域に属し、昭和二六年農林省令第五八号「適正伐期令級以上の令級に属する立木を定める省令」により適正伐期を五〇年以上と定められているものであつて、同法の規定によりいまだ伐採を許されていない立木である。これをみだりに伐採するときは、単に国が右立木の所有権を失うことによつて損害をこうむるのみでなく、営林事業計画にも支障を来すこととなり、ひいては林野行政の完全な遂行にも影響を及ぼす恐れのあるもので、これらの損失は到底金銭的補償のみによつては満足を得られないものである。従つて、本件においては、仮処分の取消を許すべき特別の事情が存在しない。

(四)  立木は、その特殊性にかんがみ、伐採適令に達した後において伐採することが最もその用法に従つた利用方法である。本件立木を今直ちに伐採するのは、その用法に従わない利用方法であつて、むしろ損害が大である。立木は時々刻々成育して日を経ることによりかえつて価値を増大するのであるから、仮に本件立木が申立人の所有に属するものとしても、本件仮処分による伐採禁止により申立人に損害の発生する余地はない。

第四右に対する申立人の反駁

(一)  被申立人主張(二)、(三)および(四)の事実は否認する。

(二)  本件係争地域における杉立木の適伐期は四五年である。のみならず、適伐期以下一五年以上のものは、県知事の許可を得れば伐採可能であり、しかもこの許可申請に対しては、地区ならびに年度毎計画伐採量の許容限度内であれば、許可が与えられることを常態とする。従つて、本件杉立木に対しても、伐採許可申請をなせばその認容されることは必至であつて、森林法上からもその伐採は是認せられているのである。されば、本件杉立木の伐採により森林行政の運営に何らの障害を与えるはずがなく、被申立人の主張は失当である。

第五疎明〈省略〉

理由

一  被申立人が申立人を債務者として、当裁判所に対し、申立人主張の理由でその主張のような仮処分申請をなし、昭和三三年一二月一一日申立人主張のような内容の仮処分決定を得て、同月一三日その執行をなし、申立人において同月一三日右決定の送達を受けたことは、当事者間に争がない。

本件仮処分によつて保全される請求権が、被申立人主張の国有林の所有権に基く地上立木に対する伐採禁止請求権および右地上に存置しある伐倒木の引渡請求権であることは、右仮処分決定の内容自体から明白である。

二  申立人は、本件においては仮処分の取消を許すべき特別の事情が存在するものとし、その理由として本件仮処分の被保全権利は立木を目的とするから金銭的補償を与えられることによつてその終局の目的を達しうべきであると主張する。

なるほど、本件仮処分の被保全権利は、さきに認定したとおり、財産的権利である。かかる権利の保全を目的とする仮処分においては金銭的補償をうることによつてその終局の目的を達しうる場合が存在することはもちろんであるが、常にそうであるとは限らない。従つて、本件においても、申立人は、前記仮処分の被保全権利が立木を目的とすることを主張し、疎明するだけでは足りないのであつて、進んで右仮処分が金銭的補償をうることによつてその終局の目的を達しうることの事情をも主張立証すべきである。しかるに、申立人は、この点につき何等の主張、立証をなさない。(成立に争ない甲第五号証によつては、被申立人が、申立人の本件係争地域内立木伐採により損害を受けたとして、その損害賠償請求権に基き申立人の財産に対し仮差押をなした事実が疎明されるけれども、右は、現行法制上損害賠償が金銭賠償を原則としていることの帰結にすぎず、本件仮処分の被保全権利が金銭的補償をうることによつてその終局の目的を達しうることを認めさせるに足るものではない。)

かえつて、真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし三、同第二号証、同第七号証、同第九、一〇号証、成立に争ない同第八号証の一、二に証人鹿内林之助、同月井礼一、同加藤信一の各証言を綜合すれば、本件係争地域は、被告主張の国有林に該当すること(右認定に反する証人沢畑留太郎、同中里安太郎の各証言及び右各証言により成立を認める甲第一、二号証は採用できない。)、地上立木の育成管理は青森営林局において立案し農林大臣の許可をえた森林経営案により実施されているが、本件立木は右経営案による適正伐期に達していないこと、今にしてこれを伐採するときは田名部営林署管内約一五、〇〇〇町歩の森林経営に相当の変更を余儀なくせしめられる恐があること等の事実が疎明される。

成立に争ない甲第三号証の一、二は右認定にていしよくするものではない。してみると、本件仮処分の被保全権利については、必ずしもただちに金銭的補償が可能であるとはいいえないとしなければならない。

三  以上説明したとおりの次第で、本件においては、仮処分の取消を許すべき特別の事情の存在が認められないから、申立人の本件申立を却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助 宮本聖司 右川亮平)

準備書面(申立人)

一、被申立人国が昭和三十三年一月二十八日提出答弁書中第一によれば係争林野の杉は大正七年に植林し樹令四十年に達するもので森林法第五条第一項の規定に基き作成された基本計画の青森D地域に属し適正伐期が五十年以上となつているので未伐採を許されていない立木でこれを伐採することが単に国の所有権を失うことによつて損害を蒙るのみでなく営林事業計画にも支障を来しその損失は金銭補償のみでは満足出来ないと云うのである。

二、然し乍ら本県係争地の適伐期は杉が四十五年でありしかも適伐以下十五年以上のものは知事の許可を得ればこれを伐採出来るのでありしかもこの許可申請は地区並に年度毎計画伐採量の許容限度内であれば許可になることを常態とするものなのである。だから係争目的物である杉は樹令も己に四十年に達するものであり願出すれば必ず許可となる点即森林法上からも是認せられている点から見ても森林行政上何等支障なきものと認められるのであるから被申立人の主張は失当であると思う。

三、右疏明方法として疏甲第三号証の一、二を提出する。

(昭和三三年三月六日付)

甲第三号証ノ一〈省略〉

甲第三号証ノ二

青森第二五七号 昭和三十三年二月二十七日 林務課長 印

森田重次郎殿

普通林立木伐採に於ける規定について(回答)

このことについてさきに口頭で質問がありましたが森林法に於ける伐採上の規定は左記のとおりであります。

一、針葉樹の適伐以上及び広葉樹の伐採に関しては森林法第十五条により伐採の六十日前までに知事に届出書を提出して伐採出来ます。なお青森県のC基本区に於ける適伐以上はスギ四十五年以上、アカマツ、クロマツ四十年以上、カラマツ三十五年以上であります。

二、針葉樹の適伐以下十五年以上の伐採は森林法第十六条第一項により知事の許可を必要とします。

三、伐採許可の基準となる事項は森林法第十六条第六項により森林区に定められている伐採量の許容限度を越えない範囲で許可し若し伐採申請量が許容限度を越えて且つ特別の必要のある場合は許容限度の二割を越えない範囲内においてその許容限度を越える数量の伐採を許可することができます。

なお五森林区に於いては許容限度を越えたための不許可は現在まで無かつたので大抵の場合伐採出来るものと思われます。

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